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改正相続法における預貯金の取り扱いについて

山下江法律事務所

 今回のコラムでは,遺産に含まれることが多い預貯金を取り上げます。この度の相続法改正により,遺産に属する預貯金債権の取り扱いが大きく変わりましたので,その点についてお話します。

 従来,遺産に属する預貯金債権は,相続開始時に相続人に当然に分割承継されるとされており,相続人全員の同意がなければ遺産分割の対象になりませんでした。そのため,預貯金を特別受益や寄与分の調整として活用したくても,相続人全員の同意が得られず活用できないときがありました。そこで,平成28年最高裁決定は,預貯金債権も遺産分割の対象となると判断しました。

 しかし,上記平成28年最高裁決定により新たな問題が発生しました。各金融機関は,平成28年最高裁決定後,相続人一人からの法定相続分に相当する預貯金の引出しを認めず,相続人全員の同意(実務上は各金融機関所定用紙への相続人全員の実印による押印)を求めるようになったのです。この取り扱いにより,相続債務や生活費の支払いといった小口の資金需要に迅速に対応することが困難になりました。

 そこで,改正相続法において,遺産分割前における預貯金の仮払い制度が創設され,遺産に属する預貯金について,各相続人が遺産分割前に単独で行使できることになりました(民909条の2前段)。行使できる金額は,「相続開始時の預貯金債権額の3分の1に預金引出しを求める相続人の法定相続分を乗じた額」です。ただし,「標準的な当面の必要生計費,平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度」とし(民909条の2前段),同一の金融機関に対して権利行使できる金額の上限額が150万円と定められました(平成30年法務省令第29号)。例えば,「相続人2人(長男及び二男)がいるところ,長男と次男の仲が悪く,遺産分割協議は成立していない。遺産としてA銀行に預金が600万円(相続開始時)あるので,二男は当面の必要生計費として預金を引き出したい。」という事例で考えてみます。この事例において,二男の法定相続分は2分の1ですので,引き出せる金額は,

   600万円×1/3×1/2=100万円

となります。

 さらに,遺産に属する預貯金については,家事事件手続法の改正により,遺産分割前における預貯金の仮分割制度が創設されました。

 これまでも,家事事件手続法200条2項において,遺産の仮分割の仮処分が認められていました。ただ,その要件は「強制執行を保全し,又は事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と厳格であり,預貯金を早期に現金化したい場面に柔軟に対応できませんでした。

 そこで,改正家事事件手続法により,家庭裁判所は,遺産分割審判又は調停の申立があった場合,「相続財産に属する債務の弁済,相続人の生活費の支弁等のため遺産である預貯金債権を行使する必要」があり,「他の共同相続人の利益を害しない」とき,相続人に預貯金債権を仮に取得させることができるようになりました(同法200条3項)。これにより,遺産分割前であっても,遺産に属する預貯金を現金化して相続債務の支払などに対応しやすくなりました。

 なお,家事事件手続法200条2項は改正後も削除されておらず,同条3項が対象にしているのは預貯金債権のみであるので,同条2項を利用する余地は残っています。

 相続においては,他にも様々なことが問題となるため専門的知識が不可欠です。お悩みがある方はぜひ当事務所にご相談ください。

 執筆者:弁護士法人山下江法律事務所 弁護士 山口 卓 (広島弁護士会所属)

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