人が死亡すると相続が開始し,被相続人(死亡者)の財産に属した一切の権利義務は,原則として,相続人がすべて承継するとされています(民法896条)。しかし,相続の対象となる遺産がすべて遺産分割の対象となるわけではありません。そこで,遺産分割の対象財産となるかどうか問題になりやすいものを具体的に三つ見ていきます。
一つ目は,金銭債権その他の可分債権です。一般的には,預貯金が問題となりやすいでしょう。判例によると,預金等の金銭債権は,遺産分割協議を待つまでもなく相続開始とともに当然分割され,各相続人に法定相続分に応じて帰属するとされています。
そうすると,各相続人は,それぞれ自己の法定相続分に相当する部分を金融機関に対して払戻請求できることになりますが,実務は少し異なることがあります。金融機関によっては,相続人全員の署名押印のある遺産分割協議書または相続人1名を代表者とする内容で相続人全員が押印した同意書を提出しなければ払戻に応じないことがあります。
また,当然分割とは言っても,遺産分割調停において,相続人から預金債権を分割の対象にしないとの申し出がない限り,分割の対象に含めることとしています。したがって,相続人の同意によって遺産分割の対象とすることは可能ですし,そのような場合は多くあります。
二つ目は,生命保険金です。保険契約者が自己を被保険者とし,相続人中特定の者を保険金受取人とした場合,保険契約者が死亡すると,保険金受取人は,保険会社に対して生命保険金請求権を取得することになります。
この生命保険金請求権は遺産分割の対象となるのでしょうか。判例によると,保険金受取人として指定された者は固有の権利として生命保険金請求権を取得するので,遺産分割の対象とはならないとされています。
三つ目は,死亡退職金です。
死亡退職金は,賃金の後払いとしての性格や遺族の生活保障としての性質が指摘されており,前者を重視すると遺産性を肯定することになりますが,後者を重視すると遺産性を否定することにつながります。そこで,死亡退職金の法的性質や遺産性は一律に決めることは難しいので,具体的な事案に応じて個別具体的に決めるとされています。
実務では,死亡退職金に関する支給規定がある場合,支給基準,受給権者の範囲や順位などの規定により遺産性を検討します。支給規定がない場合,従来の支給慣行や支給の経緯等を勘案して個別的に遺産性を検討します。
例えば,国家公務員の死亡退職手当は,国家公務員退職手当法2条,2条の2に定めがあり,受給権者を遺族とした上で,受給権者の範囲や順位を民法の定める相続人の範囲や順と異なった定めを置いています。ここから,遺族の生活保障を目的として受給権者を定めたものと考えられ,受給者固有の権利であって遺産ではないとされています。
他にも,遺産分割の対象となるのかどうかが問題となりうる場面は多々あります。迷われることがありましたら,まずは当事務所までご相談下さい。
執筆者:山下江法律事務所 弁護士 山口卓